高知地方裁判所 昭和38年(行)1号 判決 1963年7月10日
原告 中平喜太郎
被告 大正町選挙管理委員会
主文
一、被告が、昭和三八年一月二六日付をもつてなした、高知県幡多郡大正町議会解散請求者署名簿中、署名簿第九冊第四七三号ないし第五六二号(ただし同第四八三号、第五五〇号、第五五五号、第五六一号を除く)の署名及び同第一三冊第八八七号ないし第九四九号(ただし同第九〇一号、第九〇二号、第九〇四号、第九二五号、第九三七号、第九四一号、第九四四号を除く)の署名を無効とした決定は、これを取消す。
二、訴訟費用は被告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は主文と同旨の判決を求め、(訴状によれば前記主文掲記の各括弧内の署名を除外する旨明記していないが弁論の全趣旨に照し、主文同旨の判決を求めていることは明らかである。)その請求原因として、
一、原告外四九名は、昭和三七年一一月一二日、被告から大正町議会解散請求代表者としての資格証明書の下附を受け、二三冊に分冊された署名簿をもつて署名収集を開始し、同年一二月一二日までの間に一、四一七人の署名を得て、同月一四日被告に提出し、その証明を求めたところ、被告は審査の結果、昭和三八年一月七日、署名総数一、四一七人、有効署名数一、三七五人、無効署名数四二人と決定した。
二、しかし、右有効署名数中、請求の趣旨記載の署名の効力について、同年同月一〇日、訴外水間昊外九名から異議の申立があり、被告は再審査のうえ、同月二六日、署名簿第九冊第四七三号から第五六二号までの署名記載の用紙は他の署名簿の用紙を挿入したものであり、同第一三冊第八八七号から第九四九号までの署名を記載した用紙は同様に添付されたものであることが明らかであるとの理由でこれを無効と決定し、同月二七日原告にその旨通知した。
三、然し、被告が一たん有効と認めながら、後に無効と修正決定した請求の趣旨記載の署名(以下本件署名部分と略称する)は有効である。何故なら、そのうち第四七三号ないし第五六二号の署名は、被告に提出された第九号署名簿(検甲第二号証)の中に存在するが、右部分はもともと他の署名簿(検甲第一号証)によつて収集したものであるが、その署名用紙を右署名簿から外して、これを第九号署名簿の番号第四七二号と第五六三号の署名の間に挿入したものであり、又そのうち第八八七号ないし第九四九号の署名記載の用紙は第一三号署名簿(検甲第四号証)の第八八六号の署名の後に綴り込まれているが、右部分はもともと検甲第三号証の署名簿によつて収集されたものであり、これを外して右第一三号署名簿中に綴り込んだものである。
四、本件署名は前記のとおり整理上の軽微な瑕疵はあるが、関係者を取り調べ、又は関係書類を提出せしめて照合すれば適式に収集された署名であることは充分認められるものであり右の様な整理上の過誤は未だ署名の確実性を損ずる程の瑕疵とはいえない。
五、よつて原告は、被告に対し、被告が無効とした請求の趣旨記載の署名の効力についての決定の取消を求める。
と述べた。
(証拠省略)
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め、原告の主張する第一、二項記載の各事実を認め、第三項記載の事実中、本件署名のうち第四七三号ないし第五六二号の署名記載用紙が第九号署名簿に挿入されていること、第八八七号ないし第九四九号の部分が第一三号署名簿に添付されていることは認めるが、右第四七三号ないし第五六二号及び第八八七号ないし第九四九号の各署名記載用紙が原告主張のように、他の署名簿により収集されたものであり、整理上右のように挿入、添付されたものである点は知らないと述べ、被告は提出された署名簿の契印、署名年月日の改ざん等の事実から署名簿が右のように分割改編されているものと認定したもので、その挿入、添付された部分は地方自治法施行令第一〇〇条、第九四条、同法施行規則第一一条、第九条によつて定められた形式に違反するものであり、更に検甲第一、第三号証の署名簿冊は被告には提出されていないから、本件署名が原告主張のような方法で収集されたかどうかを審査することも不可能である。従つて前記のように挿入、添付された本件署名には重大な瑕疵があり成規の手続により収集された署名とは認め得ないものというべきであるから、本件署名を無効と決定したものである。
と述べた。
(証拠省略)
理由
(一) 原告主張のとおり、原告外四九名が高知県幡多郡大正町議会解散請求代表者の資格を得て、昭和三七年一一月一二日から同年一二月一二日までの間に一、四一七人に上る右議会解散の署名を収集し、右署名を同年同月一四日被告に提出したところ、被告は翌年一月七日署名総数一、四一七人、有効署名数一、三七五人、無効署名数四二人と決定したこと、後訴外水間昊外九名から異議申立があり、再審査の結果、同年一月二六日、第九号署名簿中署名番号第四七三号ないし第五六二号の署名のある署名用紙は他から挿入されたものであり、第一三号署名簿中第八八七号ないし第九四九号の署名のある署名用紙は他から添付されたものであるとの理由をもつて当該部分の署名を無効と決定し、同月二七日にその旨の通告が原告になされたこと、原告が右被告決定のとおり署名簿用紙を挿入、添付したことはいずれも当事者に争のないところである。
(二) 原告は挿入添付した本件署名部分は他の署名簿によつて収集した署名を改編して綴り込んだものであると主張するのでまずその点につき判断する。
検甲第一ないし第四号証の検証の結果、証人田辺裕三、同山川清美、同市川松見、同佐竹幸馬、同鍋島利則、同中平実の各証言及び原告本人尋問(第一、二回)の結果を総合すれば、本件署名部分中第四七三号ないし第五六二号の署名は議会解散請求代表者である原告本人が検甲第一号証の署名簿により、同第八八七号ないし第九四九号の署名は同代表者山川清美が検甲第三号証の署名簿により、何れも成規の手続に従つて収集したものであること、原告等は二三冊の簿冊により収集した署名簿を合冊して昭和三七年一二月一三日被告に提出したところ、被告係員から原状に復元して提出すべき旨の注意を受け、更めて二三冊(検甲第二、第四ないし第二五号証)に再整理して同月一四日被告に提出したのであるが、右再整理の際誤つて検甲第一号証の簿冊によつて収集した、本件署名部分中第四七三号ないし第五六二号の署名のある署名用紙三枚を検甲第二号証の簿冊の番号第四七二号竹内幸吉の署名と第五六三号岡田重孝の署名の間に挿入し、同じく検甲第三号証の簿冊によつて収集した第八八七号ないし第九四九号の署名のある署名用紙を検甲第四号証の署名番号第八八六号古川捨次の署名の後に添付したこと、そのため検甲第一、三号証の署名簿二冊は表紙と請求書写、請求代表者証明書写を残すのみとなつたのでこれを被告に提出するに至らなかつたが、本件署名部分は前記のとおり右二冊によつて適式に署名収集がなされたものであることの各事実が認められ、右認定を動かす証拠はない。
(三) ところで地方自治法施行令第一〇〇条、第九二条、同法施行規則第一一条、第九条には、解散請求者署名簿、これに編綴すべき解散請求書、(又はその写)代表者証明書(又はその写)等の様式、署名収集の方法等について規定し、これが手続の履践の有無は直接署名の効力に影響するものというべきであり、従つて選挙管理委員会の審査を受くべき署名簿を同法施行令第一〇〇条、第九四条によつて請求代表者において市町村選挙管理委員会に提出するに当つては、収集した署名簿を改編その他の作為を加えることなく収集時の原状のまま提出することが要求されているものといわねばならない。
しかし提出された署名簿の体裁から一の署名簿に他の署名用紙が挿入又は添付されている如きことが明らかになつたとしても、右挿入添付の外形的事実から当該部分の署名を直ちに無効と判断すべきではなく、その内容程度が軽微であり、事実の取調べ等の方法により当該部分が成規の手続によつて収集された署名であると認められ、かつ原状に復し得るごとき場合にはこれを有効として扱うのが相当である。けだし成規の手続により収集された署名を、単に提出時の編綴方法の過誤等のため直ちにこれを無効とすべき実質的理由がないのみならず、選挙管理委員会の関係人に対する取調べの権限はかゝる場合の審査の方法としても認められているものと解されるからである。
本件についてこれを見るに、証人鍋島利則、同中平実の各証言によれば被告は本件署名部分について関係人の取調べ等の方法による審査をなすことなく、署名簿の形式上、挿入添付の事実が認められるとの理由を以て本件署名部分の効力を無効と修正する決定をしたことが認められるところ、前記認定のように本件署名部分は署名簿提出の際の整理の過誤により他の簿冊二冊に挿入添付されたが右部分が何れも成規の手続により収集された署名であると認められ、これに付した署名簿表紙その他の書類も存して署名収集時の原状に復し得るものであるから上来説明に照し本件署名部分はこれを有効なる署名と認めるのが正当である。(なお本件署名部分は被告主張のようにそのうちの一部に署名年月日の改ざんの跡も認められるが、被告はその点を特に無効の理由とはしていないし、又その程度の瑕疵のみで当該署名部分を無効と解すべきものとは到底考えられない。)
そうすると本件署名部分を無効と決定した被告の請求の趣旨記載の昭和三八年一月二六日付決定の取消を求める原告の請求は理由があるので、これを正当として認容し、訴訟費用につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 合田得太郎 小湊亥之助 松島和成)